アラブの世界が好きで回教徒を多く一人旅する。回教の戒律で女性は多く顔を覆い、目だけ出しているか或は目もヴェールでかくしている。そこでは女性の本能ともいえる「おしゃれ」は抹殺されているように見える。然し子細に観察すると抑圧された中で、女性の「おしゃれ」がキラキラ光るのを見かけるチャンスがある。そして普段抑えつけられている故にかえってその「おしゃれ」が効果的に現われる。

 

アラブ首長国連邦のシャルジャーの空港で黒衣の若い女性が数人背筋を伸ばして歩いているのを見た。黒衣の下からチラチラする数足の純白のハイヒールが実に印象的だった。

北イエメンの首都サヌアでは女性は殆んどインディゴー・ブルーと赤の模様の長い打掛けラ・シタラで身体をくるみ赤い大きな花柄の別の布の中から外をうかがっている。ラ・シタラはその女性の最後に身にまとったものが彼女の棺桶を覆う布となる。大きな布なので道を歩きながら身づくろいして布の位置をなおす。その動作が人により異なり若い女性がさっと長衣をひるがえす動作は実に優雅である。

 

モロッコのアトラス山脈を超えた南の村々を中心としてベルベルの女性は黒衣をまとうが必ず裾に花柄がつく。そしてその花柄は村々により異なる。大きな市が立つと其所に集る女性達は旅人には分からないがお互同士その花柄でどの村の女性かを識別する。モロッコでは口覆い(フータ)の上に目だけ輝かしている。そして実に念入りに目の化粧をする。女性の美が目の一点に終結しすれ違う時、忘れがたいような目に遭遇することがある。アーモンドの花の咲く頃、ベルベルの村々は祭になる。タフラウトの南のオアシスの部落である家に招かれた。客が男性であればその部屋に女性は顔を出さない。戸口からそっと茶の道具を部屋の入口に置くだけである。そして主人が自慢そうに戸棚をあけて見せてくれた。そこには数十本の金の刺しゅうをしたベルトが吊されてあった。女性が黒衣の他に身にまとう衣類はベルトだけ。そしてそれに「おしゃれ」が凝縮したような感じだった。

パキスタンのペシャワールでもトルコのイスタンブールでも腕輪と首飾りのバザールが細い道の両側に金色さん然として延々と続く。

 

チュニジアの南の村々を歩いていた。オアシスの或る部落で水汲み場の石に腰を下して休んでいたら、一人で水を汲みに来た女が素焼の水瓶を頭の上にのせて私から五メートル位はなれて通りすぎた。そして丁度私の横に来た時、私の方をふり向いて数秒間、顔を覆った黒衣を開き笑顔を見せ、サッと顔を覆い横をむいて歩き去った。十七才位の少女だった。そして十分に自分の顔の美しさを自覚しての動作だった。美貌を他人に見せられない抑圧が、突然外国人に対してとかれたのか。私は茫然として白い残像を追っていた。

アラブの女性とおしゃれ

父・河崎利明 遺稿集「はとからすやまとりのこみ」より

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